COCOROSTORE 田中信宏さん
山陰ならではの豊かさを、自分の感性で伝えていきたい
日差しを受けてまぶしく光る白い漆喰の壁に、真っ黒い焼き杉板の潔いコントラスト。見上げると、屋根にはこの地方独特の赤茶の石州瓦がリズムよく波打っていて、焼き物ならではの陰影がひときわ美しい。
建物が立ち並ぶ鳥取県倉吉市の白壁土蔵群は、かつての城下町。江戸から明治期に建てられた土蔵が軒を連ね、一歩踏み込むと時代が変わったかのようにゆったりとした落ち着きのある空気が流れている。伝統的建造物保存地区に指定されていながら、一方でここは、現代人の生活も営まれている場所でもある。商売がなされる様子やお隣と立ち話をするといった人々の日常が、ごく当たり前に町に溶け込んでいる。何百年という長い伝統に育まれた場所で、現代の人たちの生活が営まれているという光景は、とても豊かで希少な眺めだ。
その白壁土蔵群の通りの一角に「COCOROSTORE」はある。鳥取を中心に、山陰各地の陶器、ガラス、木工、染織などの工芸品が丁寧に並べられ、あるいは作品同士がオーナーの田中信宏さんのセンスで、ときにポップに、あるいは遊び心を持ってコーディネートされ、垢ぬけた雰囲気を作り出している。ディスプレイの細かい工夫や丁寧さに、田中さんの山陰の物作りへの深い愛情がじんわりとにじんでいる。
店内を眺めていると、柱に貼ってある1枚の紙に目が留まる。田中さんが店を始めた2012年に書いた、この店を作ったきっかけ、という文章。お客様に読んで欲しいからというよりも、自分に向けた覚書のようなもの。だから貼り方もさりげない。読んでいくと、まずは地元の人にこそ山陰のことを知って欲しいという、田中さんの開店からの変わらぬ強い気持ちがひしひしと伝わってくる。
地元の人が、地元の手仕事の良さを知るための場所でありたい
山陰で活動する若い作り手が、ベテランのつくり手から多くのことを知識として学べる場所、さらにはコミュニケーションが図れる場所、お互いに刺激を受ける場所を設けたい。それが田中さんの店づくりの根幹にある。だからここは、単なる山陰のセレクトショップではない。物を売るだけでは山陰の素晴らしさを伝えるには物足りない。魅力的な店を支える作家たちの交流こそ、田中さんが生み出したかったもののひとつだ。自分自身が動いて作家と作家、作品と作品を出会わせ、そこからイベントに発展させたり、ワークショップを開いたり。物や人どうしの出会いを生んで新しい作品作りのヒントやきっかけを作ることこそが、田中さんの仕事の核なのだ。だから定休日の水曜だってじっとしてはいられない。常に作家の仕事場を訪ね歩いて、人に会い、物を見て、会話を重ね、面白いアイデアはないだろうかと日々考えている。
本当に好きなものは、自分の足元にあった
地元の大学で環境や建築、家具などについて学び、そのうちに家具職人を目指す様になる。田中さんは家具の営業販売を東京で学び、たくさんの家具にふれ、自分が作り手として目標とする家具と出逢い、その家具を作っている長野県松本市の製造会社にて職人になる為の修行を始める。
しかしそこは、下積みの長い世界。職人の世界はどこでもそうだが、いきなり作る現場に行くことは滅多にあり得ない。掃除や梱包、配送をする傍ら展示会での販売応援したりと現場とははるか遠いところにいた。数年が経つ中で、9年越しでようやく刃物を持つ先輩を見てそれでも自分は職人になりたいのか、覚悟はあるのか自問自答していた。ある展示会で自社の木工スタンドについてお客様と対話している時に素敵な形をしているこのスタンドは、よく考えてみると鳥取民芸の形であり、自分の地元倉吉の作家である福田豊さんが今も受け継いで制作されている。地元の倉吉で自分が幼いころからの知り合いでもあった福田さんが、自分が目標としている家具を既に地元で作っていることに改めて考え直すきっかけとなった。「少し遠回りしたけれど、自分が好きな家具や目標としている生活は身近な所にあると再認識し、とても嬉しい発見でした」
足元にあった宝物の発見。一見遠回りに思えるような歩みだったが、そこにはちゃんと意味がある。地元から離れて様々な経験をしなければ、きっと気付くきっかけには出会えなかったことだろう。人生において、無駄な模索などひとつもないのだ。
山陰ならではの魅力を、生活や暮らしに溶け込む形で伝えたい
そこからは迷わなかった。情報が足りないだけで地元の宝物が日の目をみないという現状を、自分でなんとかできないだろうか。一番の問題は、鳥取に地元の手仕事の魅力を知る機会や場所がないことだ。山陰の魅力的な手仕事を、地元の人に紹介する店を作ろう。外の人より、まずは地元の人に向けて。それは、自分自身が長いこと足元の宝物に気が付かなかった若者だったからこそ、強く感じたことだ。
「多くの人が何もないと言って切り捨ててしまう故郷には、実は美しいもの、生活を潤すものがたくさんあった。それは僕自身が東京や長野に出て初めて気付けたこと。この気付きを故郷の若い方や感心のある方へ伝えることに意義があるんです」
10年ぶりに故郷に帰ってきたので手探りでお店に適した場所を探す傍ら、山陰地方の作家を訪ね歩き、お店に作品を置いてもらえるように地道にお願いをして歩き回った。最初は持ちかける人の多くが、そんな店は難しいのではと懐疑的だったけれど、田中さんの熱心さと実直な態度に心を動かされ、いつしか応援してくれる人も増え、かなりの数になった。そうやって「COCOROSTORE」は誕生した。
「自分の故郷に愛着を感じ、誇りを持ち、地元ならではの丁寧な作りのものを手にしながら暮らせるのが、本当の意味での豊かさなのかなって。無理に遠く離れたところに行かなくても、じんわりと日常を楽しく生活できるようになればいいと思う。山陰の手仕事による工芸作品や作っている職人、作家たちを地元や他地域の方に伝え、山陰の風土や歴史的な背景にも関心を持ってもらう機会を作りたい」
もともと家具や建築など、人間の暮らし向きに関わることに目が向いていた田中さんらしい考え方。最近は、地元で採れた野菜や食材などにも好奇心が向いている。
「この地方で昔から食べられている郷土料理を地元のおばあちゃんたちに教わりながら、レシピを通して地の野菜や食材を味わう場を企画したいんです。もちろん道具や器を使って。地元の食材や手仕事の作品が自分たちの普段の生活の中でしっかり生きるように、そのきっかけづくりをしたいんです」
現代の山陰ならではの豊かな暮らしって何だろう。田中さんは、そんな風なことをイメージしながら、作り手と地元の人をつなげるヒントを探して、今日も活動している。
写真:公文健太郎 文:馬田草織
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COCOROSTORE
Address. 鳥取県倉吉市魚町2516
Tel. 0858-22-3526
10:00〜18:00 水曜定休
http://cocorostore.jugem.jp
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