自家焙煎珈琲豆専門店 Ally caffé 有延宏之さん

使命は自家焙煎豆の提供と、スキルの伝達

 金沢の海側環状線を少し入った場所にある「アリーカフェ」は、自家焙煎珈琲豆のトップクラスと評判が高く、コーヒー通に知られたお店だ。北陸にある人気カフェの多くがここの焙煎豆を使っていると言われ、遠方から尋ねる同業者も少なくない。ショップは黒い外観に大きな緑ののれんが潔く、簡潔で落ち着いた佇まいはとても感じがいい。ログハウス風の店内には焙煎機が数台置かれ、ショーケースには濃淡の異なる珈琲豆がシンプルに並ぶ。プロの仕事場にお邪魔するような臨場感と、それを和ませてくれるスタッフの朗らかな笑顔。金沢市内からはちょっと離れた郊外にありながら、訪れる客は後を絶たず、コーヒー豆を抱えてみな嬉しそうに帰っていく。2016年から喫茶スペースも設けられ、こだわりの香しい一杯をその場でもいただけるようになった。

 オーナーであり焙煎人の有延宏之さんはコーヒーインストラクター1級の資格を持ち、自身が美味しいコーヒーを提供するだけでなく、スキルの指導にも余念がない。文化センターで講師を務めるほか、イベントにもしばしば駆り出される。さらにローカルラジオのMCとして番組を持ち、たとえ見えなくてもスタジオに道具を持ち込んでは、ああでこうでとコーヒーの淹れ方をアツく語るコーヒー愛の持ち主だ。そんな有延さんに、コーヒーとの関わりについてお話を伺った。


「喫茶店好き」が高じ、就職時の決断でライフワークを得る

 アリーカフェのホームページには、「平成元年よりコーヒーひと筋」とある。その年は有延さんが大学を卒業し、キーコーヒーに就職した年だ。時代はバブル絶頂期で、試験を受けた会社から順調に内定をもらい、残るは最後の面接日。出身地である福岡の会社にもエントリーしながら、同日で重なったキーコーヒーの面接を選び、道が決まった。そのときからコーヒーに魅了されていたのかと問えば、大学時代は「コーヒーというより喫茶店が好き」で、有延さんにとってはそこが「帰れる場所」だったという。少ない小遣いの中から、ちょっと背伸びをして週に1、2回喫茶店に通い、注文するのはお気に入りのカルコーク。「カルピスをコーラで割った飲み物で、めちゃくちゃ甘く、コーラの辛みとのバランスが絶妙で大好きだったんです」。当時の喫茶店はUCCやキーコーヒーなど、豆屋の看板を掲げるのがステータスになっていた。喫茶店で時々コーヒーを飲んでは、「やっぱりうまいな」と言っていたのがキーコーヒーだった。

 東京採用だったが、営業職としてすぐに配属で金沢へ。全国で数人しか選ばれない農場研修でインドネシアに行くなど、運よくさまざまな部の研修を体験し、コーヒー豆の知識を吸収していく。会社にあるたくさんの資料を読み込み、勉強もした。そうして学ぶほどに、会社の行く末と自分の行く末とが違うように思い始め、独立を決断する。コーヒー業界の一本道を14年間歩んだころだった。


思い切って開業。お客様の笑顔が毎日の糧になる

 会社を辞めた2002年は、日本のコーヒー文化に大きな変化が訪れたタイミングでもある。アメリカからスターバックスが上陸し、イタリアのエスプレッソやカプチーノが提供され始めたころ。エスプレッソマシーン会社が行った講習の一期生だった有延さんは、エスプレッソやカプチーノをちゃんと伝えていくことの使命も感じ、自身のお店の名前をイタリア語表記にしたという。イタリアでは誰もが知り、スーパーの陳列台でも一番目立つブランドと言えば、illy(イリ―)。その上をいくことを願い、名付けたのが「イ」の上で「Ally caffé(アリーカフェ)」だ。

 この機に福岡に帰郷して店を開くことも、ずいぶん考えたらしい。しかし金沢での仕事を通じていろいろな方と知り合い、尊敬する方が何人もでき、彼らのようになりたいという夢もある。自分も「アリーさんみたいになりたい」と思ってもらうことが目標だ。けれどお店を始めた当初は厳しいもので、会社員時代に貯めたお金は2年目でなくなった。経営を考えれば焙煎豆の販売と喫茶を併設するのが基本だが、中途半端になりたくないと焙煎豆だけに絞った意地がある。何とか踏ん張って一息ついた3,4年目ごろ、お店を開いた喜びが、ひたひたと沁みてきた。

「コーヒーは必需品じゃありません。このお店に来てくださるのは経済的にも精神的にも余裕のある、豊かな人たちです。一緒に豆を買いに来て仲良く帰られる高齢のご夫婦など、来て下さるのは、あんな風になりたいと思える方たちばかり。やっぱりお客様の笑顔に救われています。この間は小さな子どもがおもらしをしちゃって、えぇ~っ!と思いましたけど、またそれも可愛いですしね(笑)。お店って面白いですよ。」


自分の味、自分のやり方を見つけるための近道はない

 ここ数年のコーヒー人気を受け、自家焙煎を行うカフェも増えてきた。以前は焙煎前の生豆を仕入れるルートが限られていたが、今ではインターネットでほぼどこからでも仕入れられる。焙煎機は高いが、車一台分の投資と思えば買えないこともない。入口の敷居はそんなに高くはない。やろうと思ったらできるけど、成功するかは別の話。でも「チャレンジできることは素敵だし、チャレンジしないのは勿体ない」と思う。

 有延さん自身、ローストの師匠がいるわけではなく、文献などで得たたくさんの予備知識を自分に当てはめるために、試行錯誤を繰り返したという。会社を辞めてから開業までの1年近く、工場の片隅に焙煎機を置かせてもらい、いろんな焼き方をして味を覚えた。最近は焙煎の理屈が違ってきており、当時のデータは使えないが、そうして掴んだ感覚的なものは今もベースになっている。師匠がいなかったことで、むしろ自由なやり方ができたように思う。コーヒーの淹れ方も同様で、基本だけを勉強すれば、やり方は人それぞれでいい。お湯は何度が良いとか、講師をしていても押し付けたくはない。こういう時にはこうなるよという、予備知識だけを伝える。自分が好きな味は自分で見つけるしかないし、自分で気づいたほうが応用できる知識になるというのが、有延さんのスタンスだ。だからお店のスタッフにもあまり指導はしないのだとか。コーヒーの仕事を選び、これまで多くの喫茶店に携わる中でいろんな人の意見を聞くことができたが、それぞれに言うことは違っていた。結局は、自分の思い通りにしたらいいというのが、有延さんの得た結論なのだ。


100%美味しいコーヒーを探し続けるという挑戦

 自分の考えをさまざまに試す場のひとつが大会でもある。2015年のハンドドリップ日本大会(JHDC2015)で第5位だった有延さん。2016年は同じやり方はしたくないと、道具もやり方も変えて挑んだが、道具が故障するアクシデントにも見舞われ、入賞を逃した。

悔しいけど、チャレンジしたことには納得している。

 コーヒーの要素には香り、味、酸の質などいくつかあり、大会ではそれらを審査員が点数に表し、高得点を競い合う。大会当日に使用する豆を渡され、抽出方法を瞬時に判断しなければならない。「豆面とロースト具合を見て、豆が気持ちのいい方法を想像する」のだという。それができるようになるには経験を積むしかない。まず自分で淹れたものも、よそのものも、よく飲むことだ。そして業界の人との話の中にあるヒントを、聞き逃さないようにすること。若い人の言葉にもきらめくような刺激がある。

 抽出に使う道具でいえば、大きく分けるとドリップ、サイフォン、エスプレッソ、浸漬(しんし)の4つ。ドリップの中でもペーパードリップ、ネルドリップ、水出しのように細分化される。さらにそこから新しいやり方が、次々と同時多発的に発表されている。誰も思いつかなかったような方法が、これからもっと出てくるだろう。コーヒーには国ごとの文化と時代の流れが現れるのだ。

 しかし豆の抽出は、「思った通りにそうなるときと、思わずしてそうなるとき」がある。1+1=2といった理屈では割り切れず、自分でこれが正解だろうと決めてやるしかない。実は世界に100%正解なものは、ないのだろう。100人が100人とも美味しいというコーヒーはないと思っている。でも、「ずっとそれを僕は追いかけているんです」

 

 

ホッとできる時間を提供する。そのためだけに、コーヒーがある。

 アリーカフェでは、豆の違いがわかるように焼き方をあまり変えないシングルコーヒーと、1,2か月ごとに出すブレンドを提供している。例えば4月限定でつくる「サクラ」シリーズのブレンドは5年目だが、毎年違う提案をしている。止まったら終わり、好きなことで手を抜いちゃだめだと思っている。ブレンドは一回でテーマ通りのものにはならないが、「あれ?」と思うものもひとつの作品。失敗という感覚ではなく、やっていく途中で方向転換しちゃうことも、実はスキルアップに繋がっていく。「お客さんと、これどうかね?と話すのも楽しい。そんな感じでゆるーくやってる。だからやめられないんです。(笑)」

 コーヒーに関しては世間の人より知っているという自負がある。だが苗の育て方を知っているわけでもなく、商社の買い付けに同行していくらか買ってくるに過ぎない。知っているのは最終の加工と販売だけ。農園へ出向き、自分を見る彼らの真剣な表情や、積んできた経験や手仕事を見ると、全然話しにならないくらいすごいと実感する。そういうことを知れば知るほど、逆にコーヒーへの向き合い方が広がり、焦りはなくなった。

「焙煎とはなんぞやと考えてみても、いまだに答えはでません。お客様がいい時間をすごしていただけるものが、一番美味しいんだろうと思うんです。コーヒーを飲んだ人が、心が落ち着いてほっとできたら、この仕事の存在意義があるのかなと。それがコーヒー豆を販売する、唯一の理由。それである程度ご飯が食べられたら、こんな楽しいことはない。僕は結局、経営者になりたいわけじゃないんですね。コーヒー職人のままでいたいのだと思います」

写真:高野尚人 文:甲嶋じゅんこ


<プロフィール>

有延宏之さん

大学を卒業し、平成元年にキーコーヒーへ入社。以来、コーヒー業界ひと筋に日々精進し、2002年に自家焙煎珈琲豆の販売店「アリーカフェ」をオープン。2016年に増築し、喫茶スペースを増設。J.C.Q.A.認定コーヒーインストラクター1級、北國新聞文化センター講師、えふえむエヌワン毎月第3水曜日「極める技」MC、JCRC2014(焙煎技術の日本大会)第4位、JHDC2015(ハンドドリップの日本大会)第5位。


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アリーカフェ

石川県金沢市畝田西3-583

TEL 076-268-7577

9:00-19:00 月休

http://ally-caffe.ocnk.net/