HAKUSEN 小島毅さん・佳織さん

コーヒーと焼き菓子、たまに本。そこに水辺の風景が寄り添う店

 横に長い鳥取県を、日本海を望むように山陰本線が走っている。その真ん中あたり、松崎駅から2分ほど歩いた東郷池のほとりに、コーヒーと焼き菓子、本の店「HAKUSEN」はある。この店を営むのは、小島毅さん・佳織さんのご夫婦。2014年末に佳織さんの実家がある鳥取に移住し、約半年間の準備を経て、2015年7月30日にオープンした。

 お店は、昭和モダンの懐かしい風情漂う白い建物の1階だ。かつてここには東郷池の対岸と往来する船着き場があり、建物は管理棟だった。役目を終えてからは、居酒屋や喫茶店などさまざまに使われていたらしい。元管理棟だけあって、1階からでも見晴らしは抜群。L字に連なる窓外には、たっぷりとした水面と大きな空、その間を人のいる陸がつなぐ程よいバランスで、安らげる風景が広がっている。「古いものが好き」なご夫婦は、人の手が使い育てた家具をゆったりと配置して、心地のいい空間を用意した。

「池」と名がついているが、東郷池は周囲12km。海水と淡水が混じりあう汽水湖で、中央付近の湖底から温泉が湧く珍しい湖だ。その性質からしじみやスズキなどの恵みも豊かにあり、周囲の温泉地とも相まって、釣り人も頻繁に訪れるという。水辺の景色は季節や時間帯、天候でまったく表情が変わり、飽きさせない。水の色が凛とした冷たさをたたえる冬は、岸の足湯から上る湯気との対比が、互いを一層引き立てて見せる。まれに池から湯気が立つ神秘的な風景が見られる日は、白夜?ここは北欧? と言いたくなるほどに、非日常的な美しさ。おいしいコーヒーを飲みながら、そんな水辺の景色をずーっと眺めていたくなる特別なお店が、「HAKUSEN」だ。




流れのまま、心の動くほうへと住み替えて、鳥取へ

 ご主人の毅さんは大阪出身。大阪のカフェで仕事をしていた。妻の佳織さんは音大を出てから図書館司書の勉強を始め、毅さんの働くカフェでアルバイトをしたのが二人の出会いだ。ある日、ふと手に取った冊子の特集で那須にある「SHOZO CAFÉ」を知り、「行ってみなきゃ」と思い立つ。二人とも、心が動くと止められないタイプなのだろう。栃木に移り住み、毅さんは「SHOZO CAFÉ」で働き、3軒隣の古い一軒家で佳織さんは古本屋「白線文庫」を営むことに。6畳二間分くらいのスペースに本棚を置き、見やすいくらいの量で好きな本を並べた。子どものころからの本好きで、読むのはもちろん、本が並んでいる風景や人が本を読んでいる姿など、「本にまつわるあれこれが全部好き」だと話す。新しいカフェの名前にもなっている「はくせん」という印象的な言葉は、この「白線文庫」からとったものだ。もともとは佳織さんの祖父が経営していた運送会社の屋号で、佳織さんは「白」に「余白」という意味を重ね、想像がふくらみわくわくするような、何でもない部分を大事にしたいと考えている。


 

 那須での充実した生活は6年間続いた。移住を考えたのは、子どもを授かったのがきっかけだ。互いの実家から離れたところでの子育てに不安もあり、いつかは鳥取へというぼんやりした予定を、東日本大震災が促した。大阪で出会い、那須で互いの好きなことの一歩を踏み出し、家族が増えた鳥取で、ふたりは好きを持ち寄った新しいお店をスタートさせた。




日常に贅沢な時間がある幸せを、本物のコーヒーで伝えたい

 豆からこだわって丁寧に淹れたコーヒーと、安心できる素材を使った焼き菓子。「本当によいものを知り、感じていただく。そして確かなよさがあるものに、価値と等価の支払いをしていただくことが大事だと思っています。生活の中でちょっとだけ贅沢をする、それがいい時間になるはずですから」

安さや量が優先されることが、地方都市では少なくない。けれどそれだけでなく、吟味されたよいもの、手をかけたものが与えてくれる満足感にこそ、幸せがある。SHOZO CAFÉで学び、確信したことだ。



 「HAKUSEN」では、中深煎りブレンド2種とシングル2種のコーヒー豆を選んでいる。自分たちがおいしいと思う北海道と京都の焙煎所のもので、両方おいしいが、個性がまったく違うのだとか。

「コーヒーを日々探求されている焙煎所の方に相談して、お話を聞かせてもらったり新しい淹れ方を教えていただいたり。勉強しながらいろいろ変えていっています。ブレンドのひとつはオリジナルで豆をミックスしてもらっています。」(佳織さん)

「豆の種類によって淹れ方が違うんです。マニアックな話になっちゃいますけど(笑) コーヒーの世界は新しい価値観が目まぐるしく生まれてきているので、僕らが知りうる限りのことを、お客さまにも提供していきたいと思っています」(毅さん)




人も自然もゆったりとした余白がつくる、暮らし本来の姿

 二人は鳥取に住みお店を始めてあらためて、「とても恵まれた環境」だと感じている。何といっても風景がいい。海が近く、山もある。そして自然と資源がとても豊かだ。緑に囲まれた大山山麓には多数の名水ポイントが存在し、澄んだ水が人も動物も植物も潤してくれる。田畑では農作物が、日本海では山陰ならではの魚介類が、季節ごとに新鮮な食材を提供し、口福をくれる。毎日焼くというお菓子も、大山の牧場でとれた牛乳やバター、農場の小麦など地元の素材で作っている。牛も農作物も広い土地で育ち、日本一少ないという人口のせいか、人もゆったりと暮らしている。必要なものが、適度な量で作られているから、取り合う必要はない。わざわざ遠くから運んでくるエネルギーもいらない。ほどよい人口と豊かな自然とのバランスが、とてもいい。「きっとそれが、本来の姿」なのだと思う。



 そしてもうひとつ、人の良さ。外から来た人に対して懐が深く、面白いことをしてくれるんじゃないか、と応援してくれるのがありがたい。その背景には、ゲストハウスとカフェを併設する「たみ」(http://www.graysky.life/posts/379451)の存在が大きいという。たみがあり、たみの周辺にものづくりをしている人たちがいて、率先して町と関わり助け合ってきたことで、移住者に理解のある気風が根付いている。しかもそれは、ごく日常的なところでも感じられるらしい。たとえば、学生結婚をした子育て中の若い夫婦が、体調を崩してしまった。すると近所のおばあちゃん7人が、代わる代わるしながら自分の孫のように子どもの面倒を見てくれたという。人を放っておかずに関わってきてくれる付き合いは、田舎だってそう多くはないだろう。

外から来た人たちが交流し、でもそこだけで固まらずに地元の人たちともつながっていく。豊かな自然と人の心に柔軟な余白があれば、人が人を呼び、暮らしやすい魅力が増していくのかもしれない。



小島さんご夫婦は、周囲を新鮮な目で見直し、提案することも自分たちの役目だと思っている。実際少しずつ、毅さんは嬉しい変化を感じているという。

「東郷池ってこんなにきれいだったんですね、と時々お客さまが言ってくれるんです。それだけでも、このお店の意味があるのかなと。大きなことはできないから、じわじわと、できることからしていくだけです」



文:甲嶋じゅん子

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HAKUSEN    Coffee.Baked cakes&Books

Address. 〒689-0713  鳥取県東伯郡湯梨浜町旭127-2 HAKUSEN Bld.1F

Tel. 0858-32-1033

営業時間  11:00 – 17:30 ( LO17:00 )

定休日:日曜日 / 水曜日

http://hakusen-store.com/