陶芸家 岩佐昌昭さん・島根県出雲市

魅せる工房

のどかな田園風景の中を、2両編成の小さな電車がコトコトと走り抜ける。一畑電鉄・雲州平田駅から車で約10分。指定された場所へいくと、立派な杉の木に囲まれたお寺に到着した。岩佐昌昭さんは陶芸家でありながら、出雲市西郷町にある徳雲寺の住職でもある。

お寺の隣にある工房に入ると、まるでギャラリーのような洗練された空間が待っていた。岩佐さんの作品と一緒に、山野草や石、古い木や小さな木製の仏様などが飾ってある。「朽ちているような、古いものが好きで。ほら、どこまでが作品か分からないでしょう?」。本人がそう言う通り、岩佐さんの作品は長い年月を経てきたような風合いが魅力。石そのもののような色合いとざらりとした質感が、古道具や仏像と並んでもしっくりと溶け込んでいる。自作の花器に生けられた小枝は、野山でとってきたもので、小さな花が咲いていた。そういう細かい魅せ方のセンスにも、すっかり惹き込まれてしまう。


洋服から陶器へ

実家の目の前が宇和海で、天候も晴れが多い、山陰と真逆の環境の愛媛県で生まれ育った岩佐さん。すらりと背が高くスタイリッシュで、もともとは東京でアパレルの店員をしていた。子供の頃から服やかばんを作ることが好きだったことから就いた仕事だが「売上に厳しいことや、販売のシステムが性に合わなくて」と23歳頃に退職した。じゃあ何がやりたいか?と考えたとき「とにかく何かを作る仕事をしたい」と思うようになり、その一つとして陶芸の道を考えはじめた。

「本当に好きかどうか見てみよう」と、岩佐さんは働きながら陶芸の教室に2年間通い、陶芸の道を志そうと決める。教室に通ってる間、陶芸の中でも自分は備前焼が好きだと気付いた。釉薬をかけない焼き締めの風合いやしぶい雰囲気が、岩佐さん好みだった。休暇をとって備前へ行き、実際の作品や窯をみて周り、胸を打たれる作品との出会いをきっかけに「ここで備前焼きを学ぼう」と決心する。



正反対の2つの焼き物

仕事を辞めて備前へ行き、まずは1年間陶芸の学校へ。基礎知識を得た上で備前焼【山麓窯】の門を叩き、そこから3〜4年間はひたすら備前焼の技を磨いた。おおよその技にふれた後「焼き締めの勉強はしたので、次は釉薬のことを学びたい」と、今度は信楽焼きの作家【小川顕三】さんの元へ。「いわゆる“弟子にして下さい”というやつです。でもはじめは断られました」。それでも諦められなかった岩佐さんは、帰ってからも小川さんへ手紙を送り、何度かのやり取りの末、弟子入りすることに成功する。

実際学んでみると、備前焼と信楽焼は釉薬の有無だけでなく、何から何まで全く違った。作るものも、備前は花入れや大物、信楽はお皿やコップなどの日用品が中心。「ろくろの技術も違うし、両方見てみて本当に勉強になりました。どっちもおもしろいですよ。いろいろ学んだ分、修行期間は長かったですが」岩佐さんは楽しそうに語る。作風の異なる2つの窯で修行をしている陶芸家は、比較的珍しいのかもしれない。「いつか自分が自由に作るために」必要だと思うこと、興味を持ったことを着々と血肉にしてきた岩佐さん。合わせて8年間におよぶ修行期間を経て、いよいよ独立への準備が整った…はずだった。


修行はまだ続く

修行期間8年と言ったが、実はその後もうひとつ、岩佐さんは修行に出ている。陶芸の、ではなくお坊さんになるための修行だ。結婚を機に島根にやってきた岩佐さんは、妻・るりさんの実家である徳雲寺を継ぐため、岐阜県の山奥に約1年半籠もった。「もともとお寺のことや仏教のことにすごく興味があったわけではないけれど、禅には興味がありました。ざっくりとしたイメージですが、物作りともリンクしているように感じて」岩佐さんはそう言ったあと「修行は楽ではなかったですけどね(笑)」と小声で付け加えた。陶芸8年+お寺1.5年、約10年近くの修行期間を経て、今度こそ陶芸家人生がはじまった。


10年目の独立

「独立してからもしばらくは、今まで習ってきた備前や信楽の作風を引き継いでやっていたんだけど、全然ぱっとしなくて」と岩佐さん。地元のギャラリーで展示会をしてみたりもしたが、周りの反応もいまいち。そこで「真似をやめて自分の作風でいこう」と決心する。しかし今まで「師匠と同じように作ること」を求められてきたのに、いざ「自由に作ること」を求められても簡単にはいかない。自分の作りたいものってなんだ?当初はそんな葛藤もあった。考えた結果「もう、素直に作ろう」というシンプルな答えに行き着く。備前焼で修行していた頃、薄くすると安っぽくなると注意を受けたことがあった。しかしもともとの自分の癖や好みは薄め。これを機にもとの自分の好みに戻していった。それに加えてはじめたものの一つが【銀彩シリーズ】だった。


漆との出会い

実は、岩佐さんは信楽での修行中、工房にたまたまやって来た漆の作家と出会った。お茶出しを担当していた岩佐さんは漆の話に興味を持ち、後日その作家の元を訪れる。最初は金継ぎを学んでいたが、習い終わるころには、直しだけではなく漆ありきの器を作れないだろうか、と考え始めていた。陶磁器に漆を施したものを【陶胎漆器】と言う。通常の漆の技を使った器は手間も時間もかかり、その分もちろん価格も高くなる。もう少し手軽に、漆を器に取り入れる事ができないか?そう考えて行き着いたのが「漆の上に銀箔を施す」ことだった。経年で変化する銀箔を施すことで、さらに独特の風合いが生まれた。

陶芸の修行と平行して、漆について、陶胎漆器についても学んでいた岩佐さん。薄めでシンプルなものを好む陶芸の癖と、長年あたため続けてきた陶胎漆器の技、銀箔という素材。すべてが一つにまとまり、気付けば「自分の作りたいもの」が形になっていた。自分の作品を作るようになってから、周りの反応も少しずつ良くなった。銀彩だけでなく、地元で出土した青銅器にインスピレーションを受けた、美しい青色が印象的なシリーズを作りはじめたのもこの頃だ。


自然が教えてくれること

決して多くを語らないが、地域のことや身の回りにある自然を、岩佐さんは大事にしているのが分かる。工房の裏にはお寺の山があり、岩佐さんは時々そこへ行くと言う。島根の空はすっきりと晴れない日も多いが「灰色の空も、湿度をおびた空気も、なんとなく自分の作品に通ずるところがあります。ここには創作のヒントがそこら中にありますよ」と語る。

特に、島根に来たての頃、江の川に魅了されたと言う。「故郷のこともあって海の方が馴染みはあるけど、江の川は好きですね。幅が広いところや、カーブの具合とか、なんだかハマってしまって、とにかくここでカヌーがしたいと思ってね」と言う。気になることは何でも学ぼうとする岩佐さんは、早速カヌー体験へ。上流から江の川をゆっくり優雅に下るのをイメージしていたけれど、実際はそうはいかない。「カヌーに乗るおじさんをカヌーに乗ったおじさんが見張る、ちょっと不思議な光景になってしまいました」と岩佐さんは笑う。


器が最も輝く時

「もともとはあまり飲まないんですが、最近日本酒を飲み始めたんです。そしたら酒器の仕事が入ってきました。なんだか不思議ですね」そう言って見せてもらったのは、少し角のある徳利。銀箔と青のコントラストが美しく、凛々しくも妖艶にも見える。花入れとしても使えることをイメージして作られていて、ぽんと無造作に置いてあるだけで絵になる。最近はフレンチやイタリアン、割烹など、料理にこだわったお店からのオーダーも多いそうだ。「オーダーに応えるのも好きですね。お皿に料理が乗って、使われた時のあの美しさ。器単体で見てる時との違いもまた魅力です」。珍しく少しだけテンションの上がったその声で、心から喜んでいるのが伝わってくる。


用途のないもの

工房に入ってからずっと気になっていたのが、工房の壁に飾られたオブジェ。大きな楕円形の輪で、独特の存在感を放っている。出雲にある結婚指輪のブランド【結】の東京浅草店に飾るために作ったもので、店にはこの銀彩バージョンが飾られているそうだ。お客様から形やサイズの指定はなく「指輪のブランドなのでリングをイメージして、ただそのままだとつまらないから少し楕円に。僕が作れる最大限の大きさで作りました。いつもと違う形のものを作るのは楽しいですね」と語る。岩佐さんは、食器だけでなく花器や酒器、オブジェも作る。オーダーのあったものの合間に、自分の作りたいものも作っているという。

「これからどんなものが作りたいですか?」と聞いてみると、少しだけ考えてから「用途のないものが作りたいです」と答えた。「用途のないもの、何でもないものは、作ってておもしろいです。一番売れないけど(笑)」。2011年に島根で独立してから12年目。「何かを模倣してきた」修行の10年を、「自分らしく作ってきた」時間がいつしか越えていた。これからはますます「自分の作りたいもの」を生み出していくのだろう。


陶芸家と住職

「そういえば、自由に作った最初の作品はなんですか?」と聞くと、「忘れたなぁ…」としばらく考えたのち「あ、結婚式の引き出物じゃないかな?」と岩佐さん。そんな重要なものの存在を、少し忘れていたところもまた、岩佐さんらしくて吹き出してしまった。結婚という晴れの日、10年の修行期間を経て、はじめて自由にものを作る。満を持して作ったのは「大きな鉢?水盤?です。もらって一番困るやつ(笑)遠方の人には申し訳ないことをしました(笑)」。妻のるりさんも一緒になって大笑いする。

帰りがけに見送りに出てきた岩佐さんの足元をふと見ると、まだ3月の初旬だというのにサンダルに裸足だった。思わず「寒くないですか?」と聞くと「靴下ってどうも苦手で」と岩佐さん。お寺の修行で寒さや裸足に強くなって、冬でも靴下を履かないのだという。「お寺の床とか裸足だと気持ちいいですよ」と笑う。陶芸家だけど、しっかり住職。ちょっと珍しいその肩書も、岩佐さんはどちらもしっくりきてしまうのだ。


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岩佐昌昭 @masaaki_iwasa

⁡1979年 愛媛県生まれ

2004年 備前陶芸センターを修了

     岡山県備前市の山麓窯に入社

2007年 滋賀県信楽の小川顕三陶房に入社

2013年 独立 島根県出雲市にて作陶を始める

⁡⁡

【岩佐昌昭・垣内信哉 二人展】

会期 : 2023年3月18日(土)〜28日(火) ※会期中無休

平日  12:00-19:00

土日祝 11:00-19:00

場所 : 工藝 器と道具 SML
https://sm-l.jp/


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文:井上 望(sog Inc.) 写真:山本 加容